インテリア・高級家具の上質宣言株式会社ファンタス【湘南・鎌倉・神奈川】
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確かな技術と先進性、なによりも木を愛する「心」が、飛騨産業の歴史を刻んできました。
飛騨産業

飛騨産業の誕生

現在当社では2001年より品質・生産性の向上を計るべく業務改革に取り組んでおります。生産におきましても2003年6月より受注生産体制を整えるなど、より早くお客様のご意見を反映すべく改善を進めております。商品におきましても、今まで使われなかった節をデザインに取り込んだ「森のことば」や家具用材としては不向きといわれる杉を主材とする「wavok」など、環境に配慮された借り物ではない日本の美しさを表現したモノ造りに取り組んでいます。さらに、イタリアデザイン界の巨匠「エンツォ・マーリ」氏とデザイン契約をし、日本の美を世界に向けて発信すべくモノ造りを行い、2005年のイタリア・ミラノサローネにてまったく新しい「HIDA」ブランドを発表いたしました。
気もちのいい家具造りに邁進する飛騨産業にご注目ください。

1920年(大正9年)のある日、高山に二人の旅人がやってきて来ました。大阪で西洋の曲げ木技術を学んだ彼らの話に心を動かされた町の有志たちは株を出資しあって西洋家具メーカーを創業しようと決意したのです。決意の裏にはこの地に流れる「飛騨の匠」の技術とブナ材に代表される豊富な森林資源があったからでした。また新しい事に挑戦しようという飛騨人の気概があった事は間違いありません。

椅子など見た事もなかった職人たちは、木に対する経験と知識に支えられながら試行錯誤を繰り返し、ようやく2年後、やはり飛騨の伝統技である春慶塗の施された椅子を世に送り出したのです。まだ鉄道もなく、こもで包み荷馬車に乗せ出荷していました。当時は曲げ木の発明者であるトーネットのスタイルを模倣したものから始まり、やがてオリジナルの折りたたみ椅子やサロンチェアを造り出します。

昭和10年アメリカより来日していた家具バイヤーは飛騨産業の高い技術に着目し、大量の椅子を発注します。西海岸より来ていたそのバイヤーは丈夫で長持ちするコロニアルスタイルの椅子を持ち込みました。今まで作製した事のないカタチに当時の技術陣は奮起し、新しいロクロ切削器を開発し、大量生産体制を整えました。このロクロ機は現在でも使用されていますが、一部の機械がミズノのバット工場に送られイチローや松井のバットを削りだしています。

戦後輸出が再開され、ウインザーチェアを中心に1960年には総生産の87%を輸出し、輸出貢献企業として総理大臣賞をいただいております。日本の高度成長や国際経済の変化に対応して国内販売にも力を注いでいましたが、昭和48年のオイルショック以降全面的に国内販売に転換しました。住環境の変化やディスカバーJAPANなどによる飛騨高山ブームも後押しし、順調に業績は伸び飛騨の家具のリーディングカンパニーとしての地位を築き上げたのです。
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